本日、NHKBSの「国際報道2022」での特集「イギリス『難民強制移送の是非』」に少しだけ出演しました。およそ1時間半の打ち合わせ、30分の収録でしたが結果はご想像の通り、かなり短縮された形となりました。ですが、今回はディレクターの方をはじめスタッフの皆さんともとても良心的でしたので、あまり批判めいたことは言わないでおこうと思っています(笑)。ちなみに、ディレクターの方はこのブログを時折読んでくださっているとのこと、感謝です!地道にやってきてよかったと思います(あまり更新できずにおりますが)
ただ、やはり言いたかったことはたくさんありましたので、このブログで補足も含めて書き連ねたいと思います。
[New Plan for Immigration]
今回の事件の発端は、2021年3月にパテル内相が議会に提出した「出入国管理新規計画」にあります。2015年のシリア難民危機後、庇護申請件数が2019年には36000件と、英国としては最大規模にのぼった(しかも前年比で21% 増という急増状態)であったことを受けて、政府が対策に乗り出したのです。
問題なのは、新規計画の中では、この急増した申請者のうち、6割強が非合法な入国であると記載されている点です。この「違法性」というのは、英国が当時まだEU加盟国であったことから、あくまでダブリン規則違反として確認できたというものにすぎません。つまり、フランスなど他のEU加盟国を経由した入国者が多かったため、庇護審査を原則請け負わないというルール(=ダブリン規則)を当時のイギリスが適用できていた、という話です。ところが、ご案内の通り、ブレクジットにより英国はもはやダブリン規則を適用できないことになった。したがって、本来であれば、現時点では、英国はこれらの人々の庇護審査をする少なくとも道義上の責務はあると言えます。
もっとも、英国の立場からすれば、フランスや隣国との政治的な交渉の余地はありました。フランスから英国に渡るルートにつながるカレー(Calais)周辺に難民が集まり始めたのは1990年台後半のことです。以降20年以上もの間、この近辺では「ジャングル」と呼ばれる難民キャンプがずっと放置されており、結果としてそこからドーバー海峡を渡りイギリスに密入国する人の問題解決が難しくなったという事情があります。このため、事態を長い間放置したフランスに対して責任を問うという交渉のやり方もあったはずです。ところが、実際にブレクジットのプロセスにおいて、英国はダブリン規則を引き続き適用するという交渉に失敗した。加えて、フランス、ドイツ、ベルギー、オランダ、スウェーデンは、英国が新たに求めた難民保護のための国際協力(二国間協力)に与しないこととなりました。イギリスへの密航者や密輸幇助者はこれらの国を経由すると言われています。ですので、事実上、これらの国々の協力なしには、イギリスは単独で対策を練らなくてはならない事態に追い込まれていました。
他方、ルワンダは過去にはイスラエルと、そして現在はデンマークと連携して難民受け入れの負担を分担しているが、これはなぜか?おそらく、連携をすることで、相手国から財政的な支援を受けようとする狙いがあるのでしょう。イギリスなど、送り出す国の側は、ルワンダが難民条約の締約国であるということを、安全な国、つまり、同国で難民が迫害を受ける恐れがない国であるという正当性の根拠としているようですが、そもそもアフリカ出身ですらないシリア人やクルド系の人々を送るとなると、社会への適応を含めて問題が起こるだろうことは想像に難くありません。これでは人道的配慮があるとはとても言えない。この点では英国政府の方針は大きく間違っているわけです。
[けれども、一方的な難民排斥ではない]
しかし、今回の政府の計画が、一般に言われているように全くもって非人道的で意図的な難民排斥か、というとそうとばかりも言えない側面もあります。この計画はそもそも、難民申請システムを悪用する人や密入国を支援する業者への対策として打ち出されています。パテル大臣は議会で、庇護申請システムが「メリーゴーラウンドのように」なっていると再三発言しています。つまり、非合法なルートを経て英国に入国した人が、何度も難民申請を繰り返す中でどこかに潜伏するという状況が問題視されているわけです。
今回の計画で注目すべきは、難民問題の解決策として、おそらく世界ではじめて「抑止(deterrance)」という言葉が公式に使われたことだろうと思います(これは収録でも発言し、ぜひとも放送で使って欲しかったところなのですが、、残念!!!)。難民問題は必ずしも人道的支援を必要とする人々を助ける問題、というだけではなく、人道的な政府の対応を悪用して闇のビジネスに繋げようとする犯罪組織の問題としても提起しうる、ということです。今までは人間の安全保障の領域で語られていたものが、ここ数年来、欧州がいわゆる「ハイブリッド戦略」のターゲットとなったということも起因して、通常の安全保障問題の一部として検討されるようになってきたということを意味しているわけです。
密入国支援というのは、人間はもちろんですが、麻薬など非合法な物品の移動も伴うことが多く、越境犯罪の典型的なものと言えるでしょう。トラックの中に鮨詰めにしたり粗野なボートに乗せたりと野蛮な移動手段を強行することで人の命が奪われる危険も当然伴うものです。これに加えて、政府が把握できない人の移動の規模が大きくなればなるほど、テロの危険性が高まったり、第三国がその混乱状況に乗じて、受け入れ分担という支援を自国に有利になるような別の支援(経済協力など)を取り付けるための交渉に使う可能性も出てきます。従って、難民問題に起因する社会不安を少しでも取り除きたい、という政府の意思は正しいですし、国民の一定の支持があることも当然だと言えるでしょう。
しかし、やり方があまりにも雑すぎませんか?というのがざっくばらんな私の印象です。果たして、それは属人的な問題なのか?パテル内相は以前2017年に国際開発大臣であった時、政府の許可を得ずにイスラエル高官と会合するなどといった行動が原因で辞任したというエピソードから見てとれるように、ある種独断的な傾向があることは確かでしょう。他方で、ダブリン規則がもはや適用できない中、また、隣国が負担分担に非協力的であるという状況の中で、ジョンソン政権の「国境管理の権限を取り戻す」(full control of borders)というブレグジット後の公約を守るために有効な計画であるという政府内の支持があったことも事実でしょう。もっとも、今回、ルワンダとの交渉に一定期間かかっていたであろうことを考えると、最近のジョンソン政権内の混乱を収拾するための策であるという一部の野党の批判は当たらないと思います。また、今回のルワンダへの移送が国民の税負担を軽減するか、という報道については、現時点では全く軽減しておらず、したがって効果がないではないか、という指摘は必ずしも適切ではありません。というのも、政府が目指しているのはあくまで「抑止」効果であるからです。政府支出の評価も中長期的な展望の中でなされなければならないでしょう(このコメントも使われなかった。。残念!!)
[人権派、がんばれ!]
最後に、もう一つ注目すべきは、国内の世論が二分していることの意味です。この点、きちんと報道してくれていて良かったと思っています。ルワンダ送還という案に賛成する人たちの多くは、決して、この政策の非人道的な側面も含めて賛同しているわけではないと思います。さらに言えば、賛意の裏には、理想だけを唱え、現実に密入国(幇助)問題の解決策を打ち出すことができない左派や人権派への失望や憤りも含まれていることと思います。実際、英国で労働党が大きく支持を失った背景には、難民問題に対して責任ある対処が取れない、という世論の高まりがあると言われています。逆に言えば、左派であっても、ブレア政権のときのように厳しい出入国管理を導入するということも現実的な選択肢として考える必要が出てくるということでしょう。人権派の人々にとっては、第三国への難民送還というアイディアに一部でも賛同することは、イデオロギーの観点からも難しいのかもしれません。しかし、ただ反対するだけでは事態は解決しない、ということに多くの英国民は気づいています。そういった世論の動向を、今回のように雑な国際協力に結びつける与党(政府)のあり方を適切に批判できるように、もっと頑張って現実的な代替案を考えてほしいものです。
もっとシンプルに、難民や強制移住の被害者が本国に平和的に帰れるような国際社会を作ろう、という目的を持った国際連携ができないものでしょうか。平和構築や開発援助をより有効に難民保護に結びつけるのにまず必要なのは、各国政府だけでなく、人権派や国連の積極的な関与なのだろうと思います。ウクライナ危機が早く平和理に終結し、国連のあり方に変化が生じたならば(それはありうることですが)、この分野での国際協力にもプラスの影響が出るのでは、と期待したいところです。
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