ベラルーシ版「ハイブリッド戦争」、EU外交と難民危機

 ベラルーシを経由し、リトアニアやラトヴィア、そしてポーランドへ入国を希望するいわゆる「大量の難民」問題が顕在化してから既に2週間近く経ちました。多くはイラクなど中東からの避難者で、やみくもに逃げてきたのではなく、ブローカーなどを通じてベラルーシへの出国ルートを確保できたからのようです。その裏には、ルカシェンコ政権の思惑、つまり、難民問題を作り上げることでEUからの経済制裁圧力を封じ込めようとする氏の狙いがあると言われています。

 このように、難民(問題)を外交交渉のために利用するという戦略はそれほど目新しいものではありません。過去の事例としては、キューバのカストロ政権が米国に対して行った、マリエルボート危機が有名です(これについては、東京大学の上英明先生が『移民と外交』という非常に面白い本を書いていらっしゃいます)このほか、ケリー・グリーンヒルという米国の学者はこういった脅しのケースを体系化しました。この本のタイトルは、"Weapons of Mass Migration"というもの。いわゆる「大量破壊兵器(Weapons of Mass Distruction)」をもじったものですが、まさに言い得て妙です。この本の紹介も含めて、難民問題がいかに国家安全保障の根幹に関わっているか、について、私は以前日本国際フォーラムで報告しましたので、どうぞご笑覧ください。

 それでは、昔からある話がなぜ今大問題となっているか。(日本ではそうでもないかもしれませんが、少なくとも欧州ではそうです)。それは、ここに来て、この戦略が小国の戦略から大国の戦略に変わったからだと思います。これまでは、アフリカやラ米、アジアなどの弱小国が自力で大国と抗えないが故に、大量の人間をweaponsとして使う、というのが主な形態でした。北朝鮮は核を作ったわけですが、同じ戦略を取れない国々は、欧米諸国の人道主義を揺さぶることで譲歩を勝ち得ようとしている、というわけです。

 今回も、実際に戦略を仕掛けているのはベラルーシであり、EUからの譲歩を狙っているという点では構図は同じです。しかし、その裏にはロシアの存在があると言われている(ロシア側は当然否定していますが)。つまり、非対称な関係というよりも、ある程度のパワーバランスが生まれる関係が発生しつつあるわけです。そうなると、何が問題かといえば、交渉相手側(今回はEU)が対処できないほどのパワー、つまり、EUが方針を変更せざるを得ないほどのパワーが投じられる危険がある、ということです。弱小国ですと、いくら一時的に大国が譲歩したとしても、その後の二国間関係が大きく変化するということは考え難いですが、そういった前提が通らなくなる可能性が出てくるわけです。

 現在、EUはベラルーシへの制裁をむしろ強化しており、ベラルーシ側はEUへの天然ガス配給停止を示唆するなどこれに応じており、緊張関係が続いています。他方で、EU内部では、ベラルーシ内に留まり寒さで命を失くす難民も増えてきている中、ルカシェンコ政権がこのまま非人道的な扱いを続けるわけにはいかないだろう、という見方もあるようです。そうなってくれれば人道上救われることは言うまでもないですが、私にはこれはとてもナイーブな、楽観的な見方に思えます。

 他方で、プーチン大統領は、今回の件には無関係だとしながらも、難民問題は元々西側諸国が紛争発生国や貧困国に何もしてこなかった結果ではないかと非難しています。私はプーチン氏の政治的立場には全く与しませんが、彼のこの発言自体は、実は正しいのです。つまり、元々難民が発生してしまうような状況を未然に防ぐこと。この重要性自体は1990年代から国際社会で共有されていたのに、その後30年余り経っても一向に解決されていない。西側の国々もそれが分かっているからこそ、煮え切らない対応しかできない。

 もちろん、一時的な人道上の対応として彼らを保護することの必要性を否定はしません。しかし、こういうときこそ、人権団体や移民難民支援団体の人々は国家の外交政策を批判するべきだと思います。受け入れれば良い、という問題では全くないのです。が、ここ数日の欧州の報道や討論を聞いていると、どうも前者の方向性からの議論はまだ出てきていない様子。NGOの多くはおそらく法律家が中心で、国際政治に立脚した外交批判ができるような支援活動家が希少だ、ということが起因しているのかもしれないですね。(できれば後日、後編を書きたいと思っています)。

 

 




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