一貫性がなくてもいいじゃない

 最近は、立て続けの仕事でせわしなくしておりました。関係者のみなさま、お世話になりました。研究者(学者)というと、孤独に仕事をしているようなイメージを持たれるかたもいらっしゃるかと思いますが、少なくとも人間行動を分析対象としている私たちのような仕事人にとっては、他人との触れ合いは非常に貴重な財産です。ここ数か月は、いわゆる「リア充」として、そうした貴重な経験を重ねることができました。

 さて、このブログはしばらくお休みをしていましたが、ここで再開するにあたっても、研究にはあまり有益な情報を提供できずすみません。あらかじめお詫びしておきます。今日は、私がどんな世の中を望んでいるか、を書き連ねてみようと思います。お暇な方はお付き合いください。

 最近、ふとなぜかマイケル・ジャクソンが恋しくなり、YouTubeでいくつか鑑賞しました。彼が生きているときは全く興味がなかったので、なぜ今頃になって、と自分でも不思議でした。彼の動画からザッピングを重ねていく中、USA for Africaの例の記念すべき動画に到着しました。ああ、なるほど、私が無意識に求めていたのはここか、となぜか納得しました。

 1980年代ー1990年代の、米国がまだ辛うじて国際社会への支援に目を向けていた当時の熟成した文化に触れるのはとても感傷的です。少し時代は前後するかもしれませんが、ライオネル・リッチー、スティーヴィー・ワンダー、ホイットニーヒューストン、マイケル・ジャクソンなど、黒人のミュージシャンが白人が支配するショー・ビジネスにおいて次第に自然に受け止められていく中で、アメリカが、アフリカなど国外地域の貧困や政治的不安定を解消しようという動きを、ごくごく非政治的な慈善的な運動として高めようとしていく機運がみられた、ある意味良い時代であったのではないかと思います。当時、私は高等教育に接する年齢ではありませんでしたので、批判的な観点を持つこともなかったから美化できているのかもしれませんが。

 あるいは「ナイーヴ」だと批判されてしまうのかもしれませんが、当時のアメリカは人種間の分断を解消し、その経験を通じて世界の紛争も解決してしまうのでは、とまで期待されうるような活力を持っていたように思います。

 そのモメンタムは、オバマ氏が大統領になるまで続いていたのではないか、と私には思えます。そして、オバマ氏はそうしたスピリット、つまり、アフリカルーツの文化が米国内で「市民権」を得られるように努力しながら、真の意味での米国内でのエスニックな融合を目指していたのではないか、と。ホワイトハウス内での黒人パフォーマンスによるミュージックイベントや、オバマ氏がわざわざゴスペル教会で歌って見せるパフォーマンスの裏にはそのような意図があったのではないでしょうか。敢えて、西欧の伝統=宗教的なコーアとは違う歌にコミットメントするという行為を正当化させたかったのではないか、と思えます。

 オバマ氏の大統領時代の政治手腕については評価が大きく分かれるところです。現時点では、期待するほどの成果が見られなかったという失望的評価?が主流なようにも思えます。おそらくその評価は正しいし、特に、日本からの視点、つまり国際政治における日本の外交戦略を考案する観点からすれば正しい評価なのかもしれません。しかし、マイノリティの出自から、いかにして既存の政治的価値に新しい価値観を埋め込むか、という作業は並大抵なものではなかったように思うのです。結果としてそれが成功したかどうかを判断するのはまだ早いような気もするのですが、ともあれ、そのことに果敢に取り組んだオバマ氏は、やはり素晴らしいと素直に思ってしまうのです。

 ここまで読んだみなさん、「あれ、岡部さんは(日本でいう)保守的なのではなかったの?」と思われる方もいらっしゃるかと。このブログで、そういった偏見を払拭していただければ幸いです。私には、移民や難民問題に関しての特定の政治的イデオロギーは何もない、ということを分かっていただければ嬉しい限りです。そして、国内で人々の分断が生じず、融合に向かう社会こそが理想だと考えていることも分かっていただければ、と。少なくとも米国の80年代、90年代はそうした社会への道筋が開かれていたのでは。そしてそれを可能にしたのは、アフリカ系のカリズマがいたからではないか、ということです。マイケル、ホイットニーがいない中、オバマ氏が真の力を蓄えて再浮上するのが(少なくも米国内のgreat divideを解消するには)よいのかもしれないけれど、それを許さない国内環境があるのでしょう。。。一日本人の意見としては、分断を見ないことにせず、平和的に解決されている世界で文化を満喫したい、ということでしょうか。このような期待をする時点で、平和を他力本願しているのはよくないですね。こういった無責任さも、日本人らしいということになるでしょうか。重々反省しながら、の独白です。


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