ウィシュマさん事件とメディアの嘘

以前、「入管法改正案と収容施設での悲劇は無関係!?」というブログを書きましたが、その後もメディアでこの事件の報道姿勢が変更されないようで、残念です。8/14に、日頃から親しくさせていただいている元UNHCR駐日事務所代表で東洋英和女学院大学名誉教授の滝沢三郎先生が「日経プラス9サタデー」に出演され、この事件と日本の難民認定制度の問題点について議論に参加されました。そこで私が気になったのは、多様な角度から意見が発出されるのはよいとして、その前提となる事実認識に違いがあっては元も子もない、ということでした。もっと分かりやすく言えば、実態はどうだったのか、何が彼女を死に至らしめたのか、そして「戦犯」は誰か、ということについて、我々が真実を知らされることのないまま、一部報道の決め込みによる事情説明や認識があたかも真実であるかのように語られており、これが大問題だと思いました。滝澤先生ご自身も指摘されているように、名古屋入管でのウィシュマさんへの対応は、朝日新聞の天声人語にあるような「特高の性質を備えた入管がウィシュマさんの命を冷酷に奪った」というような構図とはかけ離れている、ということをきちんと認識したうえで、それでも現行の入管(難民認定)法のままでよいのか、それとも他の選択肢があるのか、ということを客観的に話し合うべきです。もし、仮に、外国人を不法滞在という理由だけで収容施設に押し込み、非人道的行為の限りを尽くして収容者を死亡させる、ということが日常的に行われているとしたら、それこそ中央政府による特定民族集団への虐待であり、まさに日本の政権が国際社会からの強い非難にさらされているはずでしょう。そういった現状がないことを照らし合わせれば、この問題は、難民保護というテーマを利用して誰かを悪魔に仕立て上げ(demonize)、それに立ち向かう正義の見方がどこかにいるという舞台を作り上げているという、メディアの問題として意識されるべきです。

 繰り返し言いますが、難民保護の問題は、特定の誰か、何かをスケープゴートにして道徳で責め立てればよい、という簡単な問題ではないのです。メディアの方々には、問題を単純化したり、歪曲化したりすることをすぐにでもやめていただきたい。それは、本当の犠牲者を助けることには決してならないのです。

 同時に、仮に、メディアの一部が現政権の転覆を意図してこういった報道をしているとすれば、それは全くの失敗に終わるだろう、ということも付け加えておきたいと思います。この問題の核心は、入管だけに難民政策を押し付ける日本政府の対応のあり方にあるのです。難民保護は、難民(申請者)発生国と受入国のニ国間関係、それを取り巻くマルチラテラルな国際関係、受け入れのあり方を決める国内政治、経済、社会事情を総合的に勘案した上で行われるべきなのです。つまり、外務省や、財務省をはじめとする国内省庁が「すべて」真剣に関与する中で行われるべき政策であり、その反映であるべきなのです。既に、このような観点から難民政策や行政主体が外務省や、専門の省庁に移っている国も多くあります。また、関連する国際会議も頻繁に開催されています。それなのに、日本から派遣される参加者は、入管の方々が中心で、しかもあくまで傍観者としての立ち位置を崩さず、きちんと国際会議での議論に関与していないようなのです。この点、私の誤解であれば嬉しいのですが、残念ながら、日本政府が全体としてこの問題に無頓着、無関心であるという状況にはあまり進展がないように見受けます。

 そういった政治土壌でいくらメディアが今のようなアプローチで問題を指摘したところで、当座の対応でおざなりに済ませて終わりになってしまうにすぎません。抜本的な行政改革には至らず、本当の問題解決にはならないのです。まあ、野党側もそんなことは期待しておらず、ただ政局が動けばよい、というスタンスをとっているのなら、どっちもどっち、ということになるのでしょうが。とにかく、人の命があまりにも軽く扱われている。この点はメディアも深く反省すべきだと思います。

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