外国人受け入れは、whether or notではなくhow!?(1)

親移民か、反移民か?

 前回の記事を書いた後ちょっとした興味深い反響がありました。私が移民や難民に対して親和的なのか、それとも排他的なのかが明確でない、というコメントと受け取りました。この質問に真摯に答えるとするなら、私は、日本文化や日本人が好きなのと同様に外国の文化が好きですし、外国人に対して非常に親しみを持っています。人間関係を作っていく中で親密になる人、不仲になる人、いろいろ経験してきたしこれからもすると思いますが、「外国人だから」とか「日本人だから」というような理由とは全く結びつきません。特定の国の国民に対して特別な感情を抱くということもありません。


人の越境移動に関心を持ったきっかけ

 けれども、私は常に、どのような人間や社会の行動が移民に親和的であることを意味するのか、ということを考えてきました。今でも答えは見つかっていません。そもそも、私が人の越境移動の研究をはじめたのは、移民や難民となる方に特別な関心があったからではなく、国際関係を考えるときに、国家ではない主体どうしの関係がどのように発展していくのか、それが国家間関係にどのように影響を及ぼすのかに興味を持ったからです。高校生のとき、私はライオンズクラブ主催の英語スピーチ大会で優勝し、その副賞をいただいたおかげで、夏休みにカナダ・エドモントンでのホーム・ステイを経験しました。そこで再三耳にしたのが、民間交流という言葉でした。高校生ということもあって、国際親善とか、人の交流とかいったことが実際に何を意味するのかをきちんと理解することは難しかったですが、ぼんやりと、「ああ、国際関係というのは外交官だけが行うものでもないのだな」、と考えたことを思い出します。

 そして、大学進学後、「人が移動しなくても国境が移動すれば越境移動となる」という現象に関心を持つようになりました。学生時代ドイツ語を習っていたのですが、あるドイツ人の先生は、出身地が元々はドイツの領土であったのが、第二次対戦後はポーランドの領土になってしまったということで、そのお話を聞いて驚愕したことを覚えています。なるほど、人の移動の問題というのは国際関係の変化にこうも大きく影響を受けるものなのか、と感じた瞬間でした。

 次回は、その後私がいかにして外国人との共生を難題と意識し、今も悩み続けているか、についてお伝えしたいと思います。

 そういえば、オーデル=ナイセということで思い出しましたが、最近岩波から新書が出たようですね。ベルリンの壁崩壊後の市民の統一、ドイツ・アイデンティティの(再)形成という観点からの力作でしょうか。楽しみに読もうと思います。Amazon.co.jpのレビュー欄にも書いてありましたが、WW2以前の領土には戻っていないから「(再)統一」ではなく「統一」と訳されているということですが、旧ドイツ東部の地域に住む「ポーランド国民」の人々は、現在どのような自己アイデンティティを持っているのでしょうね。ポーランドとEUとの関係を考える際、そこに住む人々の、いわばヨーロッパ規模のトランスナショナルな意識に着目するのも大切なことだと思います。








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